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一度目に好きになった時、その人は約束を破り笑った。 「あれ?イルカ先生、その花束どうしたんですか?」 サクラが目を見開いてイルカを見ていた。まるで珍獣を見ているかのような表情にイルカは苦笑した。本日、そんな目で見られるのは何度目か、しかし声をかけてきたのはサクラが初めてである。 「ちょっとな、まあ、俺にも花の一つや二つ贈る相手がいるってことだ。ははははは。」 「イルカ先生、非常に嘘くさいですよ?」 ...ほっとけ! イルカは深紅の薔薇の花束を抱えていた。確かに目立つだろう。だが目立たなくてはならないのだ。そういう取り決めだったのだから。 「女の匂いがする。」 カカシはぽつりと呟くと花束を手に取った。花の匂いの方が強いと言うのにそこから女の匂いをかぎ分けることができる自分の嗅覚を素直にすごいと自画自賛してからカカシは花束を持って勝手知ったる他人の家とばかりにイルカの家に上がっていった。ちなみに合い鍵をもらっているわけではない。この時点で不法侵入罪の確定である。 「何時の間に色恋に目覚めたんだ、あの人。」 実はあれ以来それなりに仲は回復したカカシとイルカだったが、未だ友人以下の認識しかないであろう扱いしか受けていないカカシだった。実はイルカのことが未来人のうみのではないとはっきりと理解した直後に惚れ直してしまったカカシであった。 「なっ、なんじゃこりゃあっ!!」 イルカは声を上げてばたばたと居間へと入ってきた。 「な、なにしてんすかカカシ先生。っていうか、なんで俺の家にいるんですかあんた。」 「まあ、成り行きで。」 はい嘘決定!イルカはこめかみを押さえた。 「あー、それはもういいです。質問を変えましょう。この薔薇、もしかしなくても玄関に置いてあったやつですよね?色も形も同じなんでそうだとは思ってましたけど。」 「否定はしません。」 つまりそうだと肯定したも同然か。イルカは深くため息を吐いた。 「なんでまたこんな状態になってんですか。」 カカシは沈黙した。イルカはどうしたものかと思ったがとりあえずカカシの前に座った。 「正直に話したらいいものあげますよ。さ、白状してください。」 まるで子どもに言い聞かせるような言い方だったがカカシには効果てきめんだった。 「嫉妬しまして。」 「なんで嫉妬してんですか?」 「イルカ先生が好きだからですよ。」 なるほど好きだから、 「って、はっ!?」 頷きかけてイルカは止まった。今なんつったこの人。聞き間違えじゃなければ、好きだと言ったか? 「あ、な、なんで好きなんですかっ。」 「好きになるのに理由なんかないですよ。好きだから好きなんです。それで嫉妬したんですよ。誰にあげようとしてたのかなって。さ、言ったんでいいものください。」 いいものほしさに告白するか普通!?とイルカはツッコミたかったが、この男に常識は通用しないと悟ったんだったな、と、遠い目をして立ち上がった。そして台所へ行き冷蔵庫の中から箱を取りだした。そして今に戻ってきて卓袱台、には置けないのでカカシの前に置いた。 「さ、どうぞ。」 イルカに言われてカカシは目をキラキラさせた。少年のような無垢な瞳だ。イルカは苦笑した。 「誕生日おめでとうございます。あなた任務中でいつ頃戻ってくるか分からなかったんで保存の利くパウンドケーキにしたんです。生クリームが乗っかってなくてすみませんけど。」 「覚えててくれたんですか?」 「忘れろという方が無理です。」 わざわざ写輪眼で他言しないように術までかけられて、覚えていない方がおかしい。 「ありがとうございます。それから、ごめんなさい。花束。」 「あー、いいんですよ。どうせ貰い物だったんです。」 「えっ、イルカ先生がもらったんですか?送り主は誰ですか?」 途端、カカシの目が剣呑になった。また勘違いしてやがるこの人。 「カカシ先生、この花は今日任務で使ったものなんですよ。ちょっと名前は伏せますが、とあるご令嬢からの依頼でして、煮え切らない彼をたき付けるためになんとかしてほしいという依頼だったんです。で、その小道具でした。俺は彼女に一目惚れした男の役で、わざわざその彼の前で彼女に薔薇を贈る人を演じていたんですが、任務は無事に成功しましたよ。それで成功したんでいらなくなったこの花束どうしましょうって聞いたら、依頼人がいらないって言うんでもらってきたんですけど、まさかその花で家にお花畑ができるとは思ってもみませんでしたよ。」 少々嫌味を込めて言ってやった。 「もしかして怒ってますか?」 「そりゃあまあ、花にも卓袱台にもなんの罪もなかったわけですからね。」 「そうですか、そうですね。ごめんなさい。」 「反省したのならばよろしい。じゃあケーキ食べますか?ビール切れてたんでさっき買ってきた所なんですよ。祝杯あげましょう。」 イルカは立ち上がって台所から皿と包丁とビールを持ってきた。やはり卓袱台には置けないので畳の上にそれらを置いた。 「さて、では乾杯でもしますか。」 イルカもビールを手に持ってプルトップを開けた。そしてカンパーイ、と言ってカカシの持っていた缶に軽くかちあてた。ごいん、と鈍い音がする。まあ、シャンパングラスじゃないんだから仕方ないだろうとイルカは苦笑して口を付けた。カカシもプルトップを開けて飲み始めた。 「っかー、うまいですね。」 「ええ、好きな人に祝ってもらう誕生日は格別ですね。」 ぶふっ、と吹き出しそうになったイルカは、そうだったな、と照れともなんとも判断の付かない表情を浮かべた。 「好きですよ、イルカ先生。」 愛しさの籠もった言葉にイルカは自分の作ったケーキを無理矢理口に突っ込んだ。そしてぐびぐびとビールで押し流す。 「あ、の、ですね。実は、俺もカカシ先生のこと、好きですよ。」 酒の勢いで脳内がはじけたイルカはぽろっと口に出してしまった。 「え、ほんとですか?うわー、良かった。これで念願敵います。」 嬉しそうに語るカカシに、両思いになって念願敵うなんて、なかなかかわいらしいこと言うなあ、なんてイルカは微笑ましく思った。 「今夜は初夜ですね。」 手に持っていたビールを落としてしまい畳にビールが広がったがそれを気にする余裕もなく、イルカは呆然と、ただ呆然と遠い目をしてあさっての方を見るしかなかった。 イルカが寝入ってしまったのを確認してカカシはごめーんね、とイルカの髪を優しく撫でた。どうしても生き急いでしまうのは、かつての好きだった人が想いを伝えたその日にいなくってしまったから。少々強引な手を使ってしまったが、それだけその人が大切で仕方ないから。よもや想いを返してくれるとは思っていなかったのでついつい激情に任せて事に及んでしまった。俺もまだまだ若いな、とカカシは笑った。 それにやっと先ほど寝付いたばかりなのだ。結構な運動量をしたので疲れ切っているはずだと思っていたのだが。 「イルカ先生?」 上半身を起きあがらせてイルカはカカシに背を向けている。カカシも起きあがってイルカの肩に触れた。 「まさか抱かれる側だったとは思わなかったな。俺としては色白で細っこいお前を抱くのだと思っていたんだが、意外だ。」 カカシははっと身構えた。体が硬直して動かない。ずっと待ち続けていた人が、そこにいた。 「うみの、さん?」 カカシの呼び掛けにイルカは振り向いた。いつものような優しい雰囲気のものではなく、研ぎ澄まされた気配を漂わせている。表情もいつもの柔らかいものではない。 「イルカ先生の体の中にずっといたの?意識を保ったまま?」 「それはないな、今はイルカ先生とやらが眠っているから出てきているだけだ。」 「イルカ先生が眠っている時は意識が出てくるの?そんなことって、」 ありえるのか?もしもありえたとしてもどうしてカカシの所に来なかったのだろうか。約束をしたのに。 「昔はできなかったが、今ならこのイルカ先生とやらの意識を乗っ取ることができる。カカシのために。」 カカシは途端、戸惑っていた表情を引っ込めた。 「悪いけど、その体はもうイルカ先生のものだよ。それに俺はイルカ先生の恋人だから。うみのさんにまた会えて嬉しいけど、乗っ取ると言うなら写輪眼で再び眠りに就かせるまでだよ。」 カカシの言葉に目の前の男は頷いた。 「そう言ってくれて良かった。俺はこのままこのイルカ先生の意識の中で小さくなって消えていく。暗部だったあいつと共にな。今でもあいつは九尾の器を殺したがっている。俺が表に出てきたら暗部のあいつも起き出して九尾の器を殺しに行くだろう。カカシが俺のことを完全に吹っ切ってくれたと思ったから、こうして出てきたんだ。カカシが無理にでも俺の意識を固定させればまずいことになるからな。いや、しかしまさかこういう展開になっているとも思わなかったな。本当ならば二度と出てくることはないはずだったんだか、まあ、きっと未練ってものがあったんだろうな、俺の中にも。」 「未練?」 「俺は、お前のことが好きだったよ。家族として、な。」 晴れ晴れとした笑みを浮かべて、男は目を閉じた。 「俺は、忘れないよ。うみのさんのことも、うみのさんを好きだった気持ちも。俺が生きている限りずっと忘れない。」 カカシの言葉に男は意表を突かれたようだが、そうか、と呟いた。 「ありがとう、カカシ。」 そう言って男は目を閉じてそのまま横になった。そして再び静かに寝息を立て始めた。眠ってしまったのだろう。恐らくは、二度と彼の意識は起きあがらないだろう。きっと、最後の力だったのだ。カカシのために意識を浮上させて。 そう言えばまちぼうけさせて謝りもしなかった。ひどい人だ。 |