一度目に好きになった時、その人は約束を破り笑った。
二度目に好きになった時、その人は約束を守り泣いた。
同じ体でも別の魂。魂の違う別人だけど、好きになるのに理由はいらないだろう?

 

 

「あれ?イルカ先生、その花束どうしたんですか?」

サクラが目を見開いてイルカを見ていた。まるで珍獣を見ているかのような表情にイルカは苦笑した。本日、そんな目で見られるのは何度目か、しかし声をかけてきたのはサクラが初めてである。

「ちょっとな、まあ、俺にも花の一つや二つ贈る相手がいるってことだ。ははははは。」

「イルカ先生、非常に嘘くさいですよ?」

...ほっとけ!

 

イルカは深紅の薔薇の花束を抱えていた。確かに目立つだろう。だが目立たなくてはならないのだ。そういう取り決めだったのだから。
その日、イルカはくたくたに疲れ果てて花束を抱えたまま自宅へと戻っていった。仕事だけで疲れたわけではないとはっきりと言える。抱えている花束の中にはメッセージカードが付いていた。『君を永久に愛す』と書いてある。送り主の部分にはイルカの名前が、そして送り先の名前にはミサキへ、となっている。
イルカは自宅の家の鍵を開けた。と、何か思い出して花束を玄関先に置いて再び鍵を閉めると商店街の立ち並ぶ通りへと向かって行ってしまった。
しばらくして、影がイルカの家の前に現れて、音もなく家に侵入した。そして玄関先にあった花束を見咎めて呻いた。

「女の匂いがする。」

カカシはぽつりと呟くと花束を手に取った。花の匂いの方が強いと言うのにそこから女の匂いをかぎ分けることができる自分の嗅覚を素直にすごいと自画自賛してからカカシは花束を持って勝手知ったる他人の家とばかりにイルカの家に上がっていった。ちなみに合い鍵をもらっているわけではない。この時点で不法侵入罪の確定である。
カカシは砂壁に背を付けて座り込んだ。そしてまじまじと花束を見た。

「何時の間に色恋に目覚めたんだ、あの人。」

実はあれ以来それなりに仲は回復したカカシとイルカだったが、未だ友人以下の認識しかないであろう扱いしか受けていないカカシだった。実はイルカのことが未来人のうみのではないとはっきりと理解した直後に惚れ直してしまったカカシであった。
だが今さらどの面下げてあなたが好きになりました、と言えるのか。いや、言えない。そんなわけでカカシはそれなりに困っていたわけだがそろそろあれから一年目、というか今日はぶっちゃけカカシの誕生日である。もちろんイルカ以外には知られていない。
これを期にもう少し深い仲になってみようかと画策してこの日を迎えたわけだ。
先日までちょっと長めの任務に出ており、昨日やっと帰ってこられたのだ。イルカに挨拶しようと受付に立ち寄ってみたものの、イルカも任務中とのことで、今日にならないと時間が空かないらしいと聞いていたので直接イルカの家にお邪魔したのだが、思わぬものを見つけて少しばかりむっとしたのであった。
まさか自分が指をくわえている間に他の人間に取られるとは。
そう思うと段々と鬱々とした気分になってくる。本来はそのあでやかな紅は情熱的な愛を謳うものとして有名なはずだが、今現在のカカシにとっては忌々しい限りのものでしかありえない。例えばイルカが自分の誕生日を覚えていたとしても、あの男がカカシのためにわざわざ赤い薔薇の花束を買ってくることはありえないと脳が即座に判断する。つまりは状況的に見て、女に贈ったが受け取ってもらえずに退散したと言ったところか。
想像上でもイルカがもててもてて仕方なく花束をもらったと言う状況は思い浮かばない。つまりはイルカの恋が破れたと言うことか。しかしイルカの愛を拒絶するなんて、その女は見る目がない。イルカは確かに階級は中忍ではあるが、人間的に言うとどの上忍よりもいい心根をしていると言うのに。
真っ赤な薔薇の花束を見てカカシはため息を吐いた。そして一本を手に取った。肉厚な花弁がしっとりとして指に馴染む。なかなか良い質の花だ。
イルカはどんな顔でこの花束を贈ったのだろうか、そして突き返されてどんな顔をしたのだろう。
イルカがふられたことをもう決めつけてしまっているカカシは苛々とその薔薇を投げつけた。薔薇は丁度うみの家の卓袱台の真ん中に刺さった。
あ、割りと芸術的だ。カカシは少しばかり心がすーっとしたのでもう一本薔薇を抜き取って卓袱台に投げつけた。これもまた刺さる。
上忍の力を持ってすれば卓袱台に薔薇を刺すなんて雑作もないのだがカカシは妙にはまってしまった。ぶちぶちと薔薇を引き抜いては卓袱台に投げつけていく。
もう一本、もう一本、とそれはまるで寒空の元でマッチをすっている少女のようではあるがカカシの場合、儚さなど微塵もなく、あるのは貪欲なまでのストレス発散の快感だけだった。
そして、とうとう全ての薔薇の花は投げつけ終わった。卓袱台は薔薇の花が突き刺さり、ちょっとしたバラ園のように見えなくもない。
満足げに薄笑いを浮かべていたカカシだったが、聞こえて来たイルカの足音に我にかえった。
わ、まずい。見るも無惨な元花束だったものと、薔薇が所狭しと咲いている卓袱台。非常にまずい状況だ。しかし逃げても仕方ない。カカシは正座してイルカの帰りを待った。
鍵を回す音がしてイルカは鼻歌を歌いながら玄関に上がった。が、玄関に知らないサンダルが揃えておいてありイルカは眉間に皺を寄せた。そして恐る恐る居間へと視線を向ける。
はたしてそこにはきっちりと正座している上忍と、何故か薔薇が突き刺さっている卓袱台が目に入った。

「なっ、なんじゃこりゃあっ!!」

イルカは声を上げてばたばたと居間へと入ってきた。

「な、なにしてんすかカカシ先生。っていうか、なんで俺の家にいるんですかあんた。」

「まあ、成り行きで。」

はい嘘決定!イルカはこめかみを押さえた。

「あー、それはもういいです。質問を変えましょう。この薔薇、もしかしなくても玄関に置いてあったやつですよね?色も形も同じなんでそうだとは思ってましたけど。」

「否定はしません。」

つまりそうだと肯定したも同然か。イルカは深くため息を吐いた。

「なんでまたこんな状態になってんですか。」

カカシは沈黙した。イルカはどうしたものかと思ったがとりあえずカカシの前に座った。

「正直に話したらいいものあげますよ。さ、白状してください。」

まるで子どもに言い聞かせるような言い方だったがカカシには効果てきめんだった。

「嫉妬しまして。」

「なんで嫉妬してんですか?」

「イルカ先生が好きだからですよ。」

なるほど好きだから、

「って、はっ!?」

頷きかけてイルカは止まった。今なんつったこの人。聞き間違えじゃなければ、好きだと言ったか?
イルカはぼぼっ、顔を赤くした。

「あ、な、なんで好きなんですかっ。」

「好きになるのに理由なんかないですよ。好きだから好きなんです。それで嫉妬したんですよ。誰にあげようとしてたのかなって。さ、言ったんでいいものください。」

いいものほしさに告白するか普通!?とイルカはツッコミたかったが、この男に常識は通用しないと悟ったんだったな、と、遠い目をして立ち上がった。そして台所へ行き冷蔵庫の中から箱を取りだした。そして今に戻ってきて卓袱台、には置けないのでカカシの前に置いた。

「さ、どうぞ。」

イルカに言われてカカシは目をキラキラさせた。少年のような無垢な瞳だ。イルカは苦笑した。
カカシは恐る恐る箱を開けた。そこには少々こぶりなケーキがあった。しかも手作りっぽい。

「誕生日おめでとうございます。あなた任務中でいつ頃戻ってくるか分からなかったんで保存の利くパウンドケーキにしたんです。生クリームが乗っかってなくてすみませんけど。」

「覚えててくれたんですか?」

「忘れろという方が無理です。」

わざわざ写輪眼で他言しないように術までかけられて、覚えていない方がおかしい。

「ありがとうございます。それから、ごめんなさい。花束。」

「あー、いいんですよ。どうせ貰い物だったんです。」

「えっ、イルカ先生がもらったんですか?送り主は誰ですか?」

途端、カカシの目が剣呑になった。また勘違いしてやがるこの人。

「カカシ先生、この花は今日任務で使ったものなんですよ。ちょっと名前は伏せますが、とあるご令嬢からの依頼でして、煮え切らない彼をたき付けるためになんとかしてほしいという依頼だったんです。で、その小道具でした。俺は彼女に一目惚れした男の役で、わざわざその彼の前で彼女に薔薇を贈る人を演じていたんですが、任務は無事に成功しましたよ。それで成功したんでいらなくなったこの花束どうしましょうって聞いたら、依頼人がいらないって言うんでもらってきたんですけど、まさかその花で家にお花畑ができるとは思ってもみませんでしたよ。」

少々嫌味を込めて言ってやった。

「もしかして怒ってますか?」

「そりゃあまあ、花にも卓袱台にもなんの罪もなかったわけですからね。」

「そうですか、そうですね。ごめんなさい。」

「反省したのならばよろしい。じゃあケーキ食べますか?ビール切れてたんでさっき買ってきた所なんですよ。祝杯あげましょう。」

イルカは立ち上がって台所から皿と包丁とビールを持ってきた。やはり卓袱台には置けないので畳の上にそれらを置いた。
ケーキを切り分けていってイルカはカカシにビールを差し出した。カカシはそれをどうもと言って受け取る。

「さて、では乾杯でもしますか。」

イルカもビールを手に持ってプルトップを開けた。そしてカンパーイ、と言ってカカシの持っていた缶に軽くかちあてた。ごいん、と鈍い音がする。まあ、シャンパングラスじゃないんだから仕方ないだろうとイルカは苦笑して口を付けた。カカシもプルトップを開けて飲み始めた。

「っかー、うまいですね。」

「ええ、好きな人に祝ってもらう誕生日は格別ですね。」

ぶふっ、と吹き出しそうになったイルカは、そうだったな、と照れともなんとも判断の付かない表情を浮かべた。

「好きですよ、イルカ先生。」

愛しさの籠もった言葉にイルカは自分の作ったケーキを無理矢理口に突っ込んだ。そしてぐびぐびとビールで押し流す。
本当を言えば、イルカもカカシが好きだったりする。でなければわざわざこんな性格破綻者のためにケーキを焼いて準備をしているわけがない。どうして好きになったのか、そんなのはやっぱりカカシと同じで分からない。ただ、カカシの誕生日を自分だけが知り、そして自分だけが祝うことができるのだというのが、何故か、あまりいいことではないとは思うのだが、とてつもなく嬉しくて、そして優越感があるのだ。大概自分も天の邪鬼だな、と思うイルカだった。もしかしたらカカシの性格が移ってしまったのかもしれない。それは由々しき事態である。

「あ、の、ですね。実は、俺もカカシ先生のこと、好きですよ。」

酒の勢いで脳内がはじけたイルカはぽろっと口に出してしまった。

「え、ほんとですか?うわー、良かった。これで念願敵います。」

嬉しそうに語るカカシに、両思いになって念願敵うなんて、なかなかかわいらしいこと言うなあ、なんてイルカは微笑ましく思った。

「今夜は初夜ですね。」

手に持っていたビールを落としてしまい畳にビールが広がったがそれを気にする余裕もなく、イルカは呆然と、ただ呆然と遠い目をしてあさっての方を見るしかなかった。
どうやっても、理解なんかできないんだったな。
そして有言実行とばかりに両思いになったその日に恐ろしく強引に事が進んでカカシに食われてしまったイルカはその日なんとも言えない気持ちを抱えながらカカシに抱き枕代わりにされて眠りに付いたのだった。
もう少し、順序ってもんがあるんじゃないのかな、恋愛ってもんはさ...。

 

イルカが寝入ってしまったのを確認してカカシはごめーんね、とイルカの髪を優しく撫でた。どうしても生き急いでしまうのは、かつての好きだった人が想いを伝えたその日にいなくってしまったから。少々強引な手を使ってしまったが、それだけその人が大切で仕方ないから。よもや想いを返してくれるとは思っていなかったのでついつい激情に任せて事に及んでしまった。俺もまだまだ若いな、とカカシは笑った。
ふと、イルカの体が起きあがった。カカシは一瞬驚いた。目を覚ます気配がまるでしなかったのだ。普通は起きる兆候というものが小さかろうと出るはずなのに

それにやっと先ほど寝付いたばかりなのだ。結構な運動量をしたので疲れ切っているはずだと思っていたのだが。

「イルカ先生?」

上半身を起きあがらせてイルカはカカシに背を向けている。カカシも起きあがってイルカの肩に触れた。

「まさか抱かれる側だったとは思わなかったな。俺としては色白で細っこいお前を抱くのだと思っていたんだが、意外だ。」

カカシははっと身構えた。体が硬直して動かない。ずっと待ち続けていた人が、そこにいた。

「うみの、さん?」

カカシの呼び掛けにイルカは振り向いた。いつものような優しい雰囲気のものではなく、研ぎ澄まされた気配を漂わせている。表情もいつもの柔らかいものではない。

「イルカ先生の体の中にずっといたの?意識を保ったまま?」

「それはないな、今はイルカ先生とやらが眠っているから出てきているだけだ。」

「イルカ先生が眠っている時は意識が出てくるの?そんなことって、」

ありえるのか?もしもありえたとしてもどうしてカカシの所に来なかったのだろうか。約束をしたのに。

「昔はできなかったが、今ならこのイルカ先生とやらの意識を乗っ取ることができる。カカシのために。」

カカシは途端、戸惑っていた表情を引っ込めた。

「悪いけど、その体はもうイルカ先生のものだよ。それに俺はイルカ先生の恋人だから。うみのさんにまた会えて嬉しいけど、乗っ取ると言うなら写輪眼で再び眠りに就かせるまでだよ。」

カカシの言葉に目の前の男は頷いた。

「そう言ってくれて良かった。俺はこのままこのイルカ先生の意識の中で小さくなって消えていく。暗部だったあいつと共にな。今でもあいつは九尾の器を殺したがっている。俺が表に出てきたら暗部のあいつも起き出して九尾の器を殺しに行くだろう。カカシが俺のことを完全に吹っ切ってくれたと思ったから、こうして出てきたんだ。カカシが無理にでも俺の意識を固定させればまずいことになるからな。いや、しかしまさかこういう展開になっているとも思わなかったな。本当ならば二度と出てくることはないはずだったんだか、まあ、きっと未練ってものがあったんだろうな、俺の中にも。」

「未練?」

「俺は、お前のことが好きだったよ。家族として、な。」

晴れ晴れとした笑みを浮かべて、男は目を閉じた。
この男は、そうして、カカシの心の中から棘を抜こうとしているのだろうか。お前のことなんか恋愛の範疇にいなかったよとうそぶいて、なかったことにして。

「俺は、忘れないよ。うみのさんのことも、うみのさんを好きだった気持ちも。俺が生きている限りずっと忘れない。」

カカシの言葉に男は意表を突かれたようだが、そうか、と呟いた。

「ありがとう、カカシ。」

そう言って男は目を閉じてそのまま横になった。そして再び静かに寝息を立て始めた。眠ってしまったのだろう。恐らくは、二度と彼の意識は起きあがらないだろう。きっと、最後の力だったのだ。カカシのために意識を浮上させて。

そう言えばまちぼうけさせて謝りもしなかった。ひどい人だ。
カカシは息を深く吐いた。そして眠っているイルカにそっとキスを落とした。
今はイルカが側にいてくれる。大切で大好きな、たった1人の人。
なんとなく、カカシは生き急ぐ気持ちが薄れていることに気が付いた。そうだったな、もう、急ぐ必要はない。忍びとして生きていくことにその不安はついえることはないけれど。穏やかに慈しもうと思った。
とりあえず朝起きて再び事に及ぼうとしていた案は廃棄することにした。動けないであろうイルカのために食事でも作ってやろう。草も虫も入っていない、彼の好きそうな和食のご飯を。

 

おわり